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| 明治33年2月 (1900年) |
喜多猿八が、大阪谷山伊兵衛にて、漢方薬の修行の後、「ソメヤ」として松山伝太が営業していた店を譲り受け、高松市松島町に薬種店を開いた。 その後、漢方薬の販売に続いて洋薬の販売を始めた。 |
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| 大正5~6年 (1916~1917年) |
農薬の取扱いを開始。 農薬業界が整いだした頃、最初に現在の日本農薬株式会社(当時古河電工~旭電化工業)との取引を始めた。当時は農薬に対する知識もなく、実際に使用すると思わぬ薬害を起こすことがあったので、農家は使用には二の足を踏むことがあった。新農薬の発売にあたって農家の要請で使用方法を教えに自転車で県下隅々まで掛けめぐった。 その後、防除機にはじまり、農業関連事業を順次取り入れた。 |
| 昭和24年8月 (1949年) |
資本金100万円をもって株式会社喜多猿八商店を設立 喜多 栄 社長就任 |
| 昭和25年 (1950年) |
三豊出張所を観音寺市七間橋町に開設 |
| 昭和35年 (1960年) |
観音寺出張所を観音寺市昭和町に移転(三豊出張所から観音寺出張所に名称変更) |
| 昭和39年 (1964年) |
医薬品卸を神原薬業株式会社に合併 |
| 昭和44年 (1968年) |
PCO部門開設 大阪化成株式会社の指導により、当時まだ始まったばかりであったネズミ、ゴキブリ駆除をはじめとする環境衛生コンサルタント事業を香川県において最初に始めた。 その後、シロアリ駆除、樹木防除、除草の事業を広げていった。 |
| 昭和48年4月 (1973年) |
資本金 1200万円 |
| 昭和55年6月 (1980年) |
観音寺支店を観音寺市出作町に移転 |
| 昭和58年8月 (1983年) |
喜多 栄 逝去 |
| 昭和58年9月 (1983年) |
喜多 克幸 社長就任 |
| 平成元年 (1989年) |
PeSP苗の販売を始める |
| 平成2年2月 (1990年) |
創業90周年記念イベント開催(高松国際ホテル) |
| 平成5年 (1993年) |
ロックウール溶液栽培システムに取組む |
| 平成7年2月 (1995年) |
創業95周年記念イベント開催(サンメッセ香川) 新規事業計画の発表 |
| 平成7年5月 (1995年) |
愛媛に西条連絡所の開設 |
| 平成10年4月 (1998年) |
三木町田中に社屋を新設し本社機能移転 高松事業部、観音寺事業部に名称変更 |
| 平成12年2月 (2000年) |
創業100周年記念イベント開催(花樹悔) |


